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日本語文法の「なぜ」に答える

●イントロダクション

 はっきり言おう。あたしは頭が悪い。特にT暗記ものUがまったくダメだったりする。

 「では、フグの白子はいかがですか。」
 「誰が鮟肝(あんきも)の話をしてますかっ!」。蹴ってやる。げしげし。
 「いや、なんか殺気立ってるみたいだから、雰囲気和ませようと思って。」
 「和まないです。逆効果です」。ぷりぷり。
 「そんな、たかが動詞の活用表ごときで殺気立たんでも」
 「『たかが動詞の活用表ごとき』ですってぇ?」。むらむら。「優等生だった納屋さんには、わかんないんだいっ!」。指差して糾弾してしまうぞ。えいえい。
 「お嬢さんだって優等生じゃないですか。真面目だし、努力家だし、成績だって悪くないし。」
 「だって、あたしは納屋さんとぜんぜんタイプ違うもん。納屋さんみたいに記憶力よくないもん。こんな動詞の活用表なんて、憶えられないよぉ。」
 「そもそもT憶えようとするUというところに無理がある。憶えたことは忘れてしまいます。しかし、理解したことが解らなくなることはありません。確かにT解らなくなるUこともありますけど、それは次のT理解Uへ進む過程でのことであって、理解したことが無駄になるわけではありませんね。」
 「そういうのって、いかにも優等生の言いそうな台詞という気がするんですが。」
 「『優等生にありがちな性格』だからといって、私をTいわゆる「優等生」Uと判断していただいては困りますな。私はこの大野晋先生の文章そのものの体験をしてきております。」

 文法とは、いろいろな言語上の現象を整理して把握し、理解しようとする仕事である。たとえば動詞の活用でいえば、「こ・き・くる・くれ・こ」とか「せ・し・す・する・すれ・せよ」とかの形に変化を整理する。あるいはまた、四段活用とか上一段活用とかいう名をつけて整理するといったように、文法の学問は言語を貫いている法則性をつかみとろうとする。その結果、分かったことをまとめれば非常に簡単な規則になってしまうことが少なくない。
 それで、文法があまり好きでない先生は、そうした整理がどのような手続きを経るものか、整理された結果がどのような意味をもつかなどを考えずに、整理した結果だけを生徒に覚えさせようとする。つまり文法が規則の暗記の学問になってしまう。すぐれた生徒ほど、なぜであるか、どうしてであるか、例外はないのか、といたような知的な興味をもっている。その生徒が「係結びという現象があるのはなぜですか」などと質問しても、答えが得られない。時には逆に「そんな質問をする奴があるか。あるからあるんだ」と叱られるかもしれない。それほど文法の授業は、規則を暗記させる授業に落ち込んでいる。言語感覚のすぐれた生徒ほどこれに反発を感じるに相違ない。その上、教えられる規則たるや必ず例外が出てくる。ことに現代語については、誤用を含めて、例外は簡単に見出せる。しかも、それらの原因とか理由などまですぐに説明できない場合も少なくない。そうなると、規則として教えられたことが実にあやふやに感じられる。
大野晋『日本語の文法を考える』
 「『分かったことをまとめれば非常に簡単な規則になってしまうことが少なくない』とか、わりと気安く言ってくれてますね。」
 「だって実際問題として、T非常に簡単Uですからね。」
 「だって、動詞の活用表っていったら、これですよ?」

●いわゆる「学校文法」に基づく規則活用動詞の活用表
種類 語例 語幹 未然 連用 終止 連体 仮定 命令
五段 書く か/こ き/い
漕ぐ が/ご ぎ/い
増す さ/そ
打つ た/と ち/っ
死ぬ な/の に/ん
飛ぶ ば/ぼ び/ん
読む み/も み/ん
取る ら/ろ り/っ
思う おも わ/お い/っ
上一段 射る いる いる いれ いろ(いよ)
起きる きる きる きれ きろ(きよ)
過ぎる ぎる ぎる ぎれ ぎろ(ぎよ)
恥じる じる じる じれ じろ(じよ)
落ちる ちる ちる ちれ ちろ(ちよ)
似る にる にる にれ にろ(によ)
干る ひる ひる ひれ ひろ(ひよ)
滅びる ほろ びる びる びれ びろ(びよ)
見る みる みる みれ みろ(みよ)
降りる りる りる りれ りろ(りよ)
下一段 得る える える えれ えろ(えよ)
受ける ける ける けれ けろ(けよ)
上げる げる げる げれ げろ(げよ)
寄せる せる せる せれ せろ(せよ)
混ぜる ぜる ぜる ぜれ ぜろ(ぜよ)
捨てる てる てる てれ てろ(てよ)
出る 出る 出る 出れ 出ろ(出よ)
尋ねる たず ねる ねる ねれ ねろ(ねよ)
調べる しら べる べる べれ べろ(べよ)
止める める める めれ めろ(めよ)
晴れる れる れる れれ れろ(れよ)
註)語幹欄の○は語幹と語尾に分けられないものを示す。

 「ですから、『分かったことをまとめれば非常に簡単な規則になってしまうことが少なくない』んですよ。つまり、この活用表を作った奴というのは、T分かっていないUんです。」
 「大きく出ましたね。じゃあ、納屋さんは分かってるんですか?」
 「じつは、こういう便利なものがあるのですが」

●「ローマ字語幹」式・規則活用動詞の活用表
種類 指標音 語例 語幹 未然 連用 終止 連体 仮定 命令
五段 k/g 書く kak a/o i/*i u u e e
漕ぐ kog
s 増す mas i
t/r 打つ ut i/*t
取る tor
n/b/m 死ぬ sin i/*n
飛ぶ tob
読む yom
w(?) 思う おも わ/お い/っ
一段 i/e 見る mi - - ru ru re ro(yo)
出る de
*:音便による語幹の最後の音の変化

 「あらま。簡単。」
 「でしょう? しかしこれでもまだまだ不完全なんですよ。この活用表にはまだ『分かっていない』部分がある。この活用表、なんかおかしいと思いませんか?」
 「たとえば?」
 「せっかくだから考えてみてください。」
 ふむふむ。
 「まず、ワ行のところにT?Uがついてますよね?」
 「うん。いいところに気がつきましたね。」
 「誰でも気がつくと思うんですけど。」
 「そうでしょう。私も気づいてほしくてT?Uをつけておいたんです。」
 軽くつんのめってしまった。
 「例えばの話、『書く』『嗅ぐ』『貸す』『勝つ』『刈る』『買う』『噛む』は、学校文法ではすべて語幹が『か』で、それぞれカ行、ガ行、サ行、タ行、ラ行、ワ行、マ行に属してるとされてるわけですが、これはどうもおかしい。やはり、k、g、s、t、r、w、mの音まで含めて語幹だと考えるのが自然ですよね?」
 「そうですね。」
 「そこで、こんな法則を立てたらどうか、ということになる。」  「おお。すっきりしますね。」
 「ところがこの法則には、五段活用ワ行という例外が存在するわけです。『買う』のワ音は、『ない』『ぬ』『ん』『ず』の前につく未然形の場合にしか出てこない。逆にいえば、本来なら出てこないワ音を、『ない』『ぬ』『ん』『ず』の前にだけ、わざわざ発音しているということになる。なんかこれ怪しげだと思いません?」
 「言われてみると、そんな気がしてきますね。」
 「で、他には?」
 「えーと、aとかuとかoで終わる動詞って、ないんですか?」
 「この表を見るかぎり、ないということになってますね。これもまた怪しいでしょう?」
 「怪しいです。」
 「じゃあ、他にご質問は?」
 「じゃあ、ダとかハとかパとかで終わる五段動詞はないんですか?」
 「ハで終わる五段動詞に関しては、以前はあったというのが確認されてます。じつは、五段活用ワ行の動詞というのは、ほとんど全部が高校で教わる文語文法に出てくるT四段動詞ハ行Uの動詞だったんですよ。ですから、昔はハ音末尾の動詞だったものが、音韻の変化によって、現在ではワ音末尾の動詞に変化している、という説明がされてます。」
 「ふぅーん」
 「ついでながら、ダとパの場合、あったとしてもたぶん消滅してしまうと思います。」
 「どうしてですか?」
 「口語の場合、言ってる方は区別して発音しているつもりでも、耳で聞いた場合に区別がつかない場合は相手に伝わらないからです。ダとタ、パとハは、よほどはっきり発音しないと、区別したとしても聞取りにくいんですよ。したがって親から子、人から人に伝わる過程で消滅しちゃうと。これに対して文語の場合は書き分ければ一応は伝わるはずなんですが、それでも聞いて区別できない場合は一つにまとめられてしまうことがあります。もっともそれを言ったら『私は』の『は』とか『学校へ』の『へ』とか『教科書を』の『を』とかははどう説明するんだぁ、ということになりますが。あれは確かに昔は『は』『へ』『を』と発音していたようです。ただし現在よりはっきりした、『ふぁ』『ふぇ』『うぉ』みたいな音だったようですが。」
 「音で聞いて同じになっちゃったあとでも、ちゃんと区別だけは残って、書き分けられる場合もある、と。」
 「そう。面白いことに、ローマ字の場合はこの書き分けを行わない人がけっこういます。“watasi_wa gakkou_e kyoukasyo_o”とかね。日本人にとって、ひらがなは表音文字と表意文字の中間の文字だということでしょう。」
 「『木(き)』とか『葉(は)』とか『根(ね)』とか『実(み)』とか、一文字で意味のある言葉とかが多いせいでしょうかね?」
 「『目(め)』とか『手(て)』とか『毛(け)』とかね。かもしれません。ですから、文語文法の四段ハ行にしても、ハの音が消えて実際に耳で聞き分けられる指標としての機能をほとんど失ってしまったあとでも、文法の中には五段活用ワ行という区別が残ったと考えられなくもないんです。」
 「うーん、そうなのかなぁ。なんか、説明に無理があるように思うんですけど。だったら今でも『ワ行』じゃなくて『ハ行』のまんま残っててもよさそうに思いますけどね。発音はしないけど、『買はない/買ひます/買へば/買へ』とかいった表記が残ってるとか。」
 「そうでしょう? だけど、だとするとハ音という音にこだわる必要はないんだから、音声的には消滅しちゃってたほうが自然だと思うんです。ところが実際にはそうなっていなくて、『ない』『ぬ』『ん』『ず』の前という非常に限定された場合にワと形を変えて出てくるという、不自然にしぶとい形で残っているわけですよ。ですから、『五段活用ワ行』の成立過程については、定説というものがなかったんです。」
 「そもそも、なんでハの音が消えちゃったんですか?」
 「単に聞き取れなくなっちゃったからでしょう。上代以前には、『はひふへほ』は『ふぁふぃふふぇふぉ』や『ぱぴぷぺぽ』に近い、かなりはっきりした発音だったらしいと云われています。たとえば現代語の『母』の頭のTハUは無声化しちゃってますけど、上代だとこれは『パパ』または『ファファ』だったと言われてます。」
 「なるほど。昔の日本ではママがパパだったと。」
 「そう。で、こうした区別は万葉仮名ではかなりはっきり書き分けられているわけです。中国の漢字というのは、表音文字としてもかなり優秀であると。」
 「形声文字って、たしかにいっぱいありますもんね」
 「ところが万葉仮名が使われなくなると、そうした区別が文字の上に表れなくなっちゃったんですよ。その代わり、今度は外国人宣教師が作った辞書なんかが非常に役立ったりする。」
 「そうか。そういうのは見出し語が耳で聴いてそのまま表記してあるんですね?」
 「そういうことです。ところがハの無声化に関していうと、いつ、どんな形で起きたのかがよくわかっていないんです。私自身は平安時代が怪しいと思っているんですけどね。あの時代は小氷期といって寒かったので、紫式部や清少納言も十二単着て鼻水垂らしながら喋ってたのかもしれません。『さむい』が『さぶい』になるようなものです。」
 「ふーん。」
 「あまり本気で信じないように。単なる冗談ですから。」
 「ぶぅ。」
 「でまあ、ハが無声化して聞きとりにくくなったから、はっきり聞こえる破裂音バに近いワ行音に移行してワ行音動詞ができたのではないかという考えかたもあったらしいんですよね。ですから、『買わない/買います/買えば/買え』というのも、昔は『かばない/かびます/かべば/かべ』だったかも知れません。」
 「えー、だってバで終わる動詞って、他にもあるじゃないですか。ごっちゃになりませんか?」
 「実際に、ごっちゃになってるようです。たとえば『呼ぶ』と『呼ばふ』と『呼ばわる』は、元はひとつの言葉であったものが、ハの無声化に起因する混乱によって分裂したのだと考えることができると思います。ただ、この説明にもなんか無理があるんですよね。」
 「たとえば?」
 「そもそもナ行音とマ行音、バ行音とワ行音というのは、非常にごっちゃになりやすいんです。たとえばマは口唇音、ナ音は鼻音とよく似てるせいか、ほとんどの動詞はマ音に吸収されてしまったらしく、ナ音末動詞で残っているのは『死ぬ』と『去ぬ』だけです。ですからどうしてワ行音がバ行音に吸収されてしまわなかったかが分からない。ひょっとしたら、バ行音にも口唇破裂音以外に鼻腔破裂音とでもいうべき音があって、それぞれ使い分けられていたのかも知れません。実際、有声軟口蓋破裂音のガといわゆる鼻濁音のガの区別や、カとクヮの区別なんかが残ってますから。」
 「『掛け金』のガは有声軟口蓋破裂音だけど、『眼鏡』のガは鼻濁音だとか?」
 「よくお分かりで。あとは『西洋画』のガと『マンガ』のガとかね。」
 「そういうのを意識して使い分けているひとって、多いんですか。」
 「どうなんですかね? 私なんかだと、耳で聴いて、違うと『あれっ?』と思う程度だけど。鼻濁音というのは、東京の響きだと思いますよ。で、『くゎ』というのは、九州のいごっそうという感じというか、明治の響きというか、そういう気がする。」
 「具体的には?」
 「軍の歌は『ぐんか』だけど軍の靴は『ぐんくゎ』だとか。要は古い中国音の区別が残っているということらしい。」
 「そんなの試験に出たら、たまりませんね」
 「漢文にしろ古文にしろ、こういった部分はあまり試験には出ません。時代性や地方性や階層性によるバリエーションがありすぎて、T正解Uというものが決めにくいので。こうした『試験の問題になりにくい』という点も、学校文法があまり重要視されない一因だと思います。で、このように動詞の五段活用ワ行については、文語文法の四段活用ハ行の扱いを踏襲するという形で、動詞の活用表に取り入れられてたんだけど、そのせいでずっと『指標音と活用の型の対応関係』っていうのが、ちゃんとした法則として認められなかったんですよ。だから学校でも教えられなかった。」
 「困りますね、そういうの。」
 「ところがですね、一九九〇年に、この状況に一石を投じたひとがいます。その人はワードプロセッサの文書ファイルその他から漢字かな混じりのテキストを集めてきましてね、その中から活用語尾を手がかりに動詞だけを取出すプログラムを書いて、五段活用ワ行の動詞だけを取出したと。で、そのワの音の前に、どんな母音が来るかをチェックしたんですよ。そうすると、『いう(言う/云う/謂う)』を唯一の例外として、五段活用ワ行の動詞はすべてa、o、uのどれかの音で終わっているということに気がついた。」
 「あ……なるほどぉ!」
 「考えてみると、確かに納得のゆく点が多い。まず、『嘘と坊主の髪はゆったことがない』という言葉がある。つまり『いう』は、音の上では『ゆう』、つまりu音終わりの動詞。したがって厳密な意味ではT例外Uとはいえない。」
 「うんうん。」
 「で、ワ行が子音に分類されてるけど、ワ行とかヤ行というのは、普通は母音のわたり音に分類されるんだよね。vとかjとかみたいに。」
 「そうか。vとjはもともとuとiの異体字ですもんね。」
 「wはuuの合字で、yも本来はiuの合字ですね。だから、子音終わりの動詞として解釈する必要もない。母音終わりなんだけど、元が子音起源だから、一段活用じゃなくて五段活用をする動詞というのが、現在のワ行末尾動詞なんですよ。」
 「へー。」
 「ここでちょっと、さっきの活用表を書き換えてみます。そうすると、ちょっとうれしいことが起きる。」

●「ローマ字語幹」式・規則活用動詞の活用表
種類 指標音 語例 語幹 未然 連用 終止 連体 仮定 命令
五段 k/g 書く kak a/o i/*i u u e e
漕ぐ kog
s 増す mas i
t/r 打つ ut i/*t
取る tor
n/b/m 死ぬ sin i/*n
飛ぶ tob
読む yom
a/o/u 思う omo wa/o i/*t
一段 i/e 見る mi - - ru ru re ro(yo)
出る de
*:音便による語幹の最後の音の変化

 「あまり、うれしくないように思うのですが。」
 「まだ、これからです。じつは、こんなものがあったりするんですよ。」

●受身・尊敬・可能・使役の形態素の接続表
末尾音 受身・尊敬 可能(「ら」抜き) 使役
i,e rare rare(re) sase(sas)
a,o,u ware e wase(was)
子音 are ase(as)

 「で、この二つの表を使うと、こんなことになる。」

  用例)i音末尾「見る(mi)」+受身「rare」→「見られる(mi-rare)」
     i音末尾「見る(mi)」+可能「rare」→「見られる(mi-rare)」
     i音末尾「見る(mi)」+使役「sase」→「見させる(mi-sase)」
     e音末尾「見せる(mise)」(註1)+受身「rare」→「見せられる(mise-rare)」

     i音末尾「着る(ki)」+使役「sase」→「着させる(ki-sase)」
     e音末尾「着せる(kise)」(註1)+受身「rare」→「着せられる(kise-rare)」

     e音末尾「受ける(uke)」+使役「sase」→「受けさせる(ukesase)」
     e音末尾「受ける(uke)」+使役「sase」+受身「rare」→「受けさせられる(uke-sase-rare)」

     a音末尾「買う(ka)」+受身「ware」→「買われる(ka-ware)」
     a音末尾「買う(ka)」+可能「e」→「買える(ka-e)」
     a音末尾「買う(ka)」+使役「wase」→「買わせる(ka-wase)」
     a音末尾「買う(ka)」+使役「was」(註2)+受身「are」→「買わされる(ka-was-are)」
     k音末尾「書く(kak)」+受身「are」→「書かれる(kak-are)」
     k音末尾「書く(kak)」+可能「e」→「書ける(kak-e)」
     k音末尾「書く(kak)」+使役「ase」→「書かせる(kak-ase)」
     k音末尾「書く(kak)」+使役「as」(註2)+受身「are」→「書かされる(kak-as-are)」

 註1)「自動詞+使役」の表現と「他動詞+受身」の表現を混同せぬこと。
 註2)使役の形態素は、aou音末尾動詞や子音末尾動詞などの五段活用動詞に接続したのち、さらに別の形態素が接続する場合、一般に省略形が用いられる。

 「こんな具合に、『れる』『られる』の関係が、じつにすっきりと記述できてしまうんです。これでもう、『れる』『られる』で悩む必要はなくなると。さらに、これで『「ら」抜き言葉』の合理性もはっきり理解できるわけです。『「ら」抜き』にすることで、可能の表現を受身や尊敬の表現とはっきり区別することができる。」
 「ほえー。」
 「さらに、『買わされる』『背負わされる』という表現が、『使役+受身』の表現であり、そういう場合は一般に『買わせられる』とか『背負わせられる』とか言わない、ということもわかる。あるいは『泣かされたがる』だったら、『泣k(動詞「泣く」語幹)+as(使役)+are(受身)+(長さゼロの未然形の活用語尾)+ta(欲求「たい」)+gar(表出「がる」)+u(連体形活用語尾)』だと分解できてしまう。」
 「ほえー。」
 「単調な反応だな。」
 「いや、ただただ感動してしまいました。」
 「五段活用ワ行動詞というつかえが取れたら、あとは一本道ですから。まあ、こんなもんです。」
 「だけど、それって他に思いついた人って、いなかったんですか?」
 「これが、専門家ほど疑わなかったというか……疑っても発言できない仕組みになってたんですよ。『五段ワ行は母音』とかいう主張をすると、『あれは四段ハ行が起源だというのを知らんのか』と常識を疑われる。しかも、発表をした後で例外が見つかったら、大恥をかく。ところがこれを発見した人は国語学のプロじゃなかったから、『五段ワ行は四段ハ行起源』なんていう常識は無視しても攻撃の種にはならないし、コンピュータ使って網羅的にチェックして『例外が出ない』ということを確認したあった。だから発表できたんです。」
 「『例外が出ない』っていうのは、前もって分かるんですか?」
 「不規則活用動詞というのは、よく使われる動詞だから音韻的な省略が起きて、活用が不規則になるとされているわけですよ。だから、例外があったとすれば、まっ先に引っ掛かってくるはずなんです。じっさい、『いう』みたいな例外が、まっ先に出てきたし。それに、ワの音があんまり出てこなくてほとんどの場合にa、o、uの音で終わってる以上、大多数の日本人はそれを文法法則として身につけていると考えられるわけですよ。仮に『煎餅』を動詞連用形現在だと思って活用してもらったとするじゃないですか。ほぼ例外なく『せんべない』になります。『せんべわない』っていうと、『それは変だ』と直感します。なぜなら、ワの音の前にある母音がeだから。」
 「せんべない、せんべわない、せんべない、せんべわない……あ、ホントだ。」
 「ところが、発見した事実を発表する場がないわけですよ。専門家の中に素人がのこのこ出ていっても、相手にされない。かといって専門家の目に止まらなければ、評価されない。じゃあ、いかにして専門家と同じ土俵に立つか、です。」
 「難しいですね。」
 「で、これを発見した人というのは、考えたのね。まともな論文として発表しても、たぶん相手にされないだろうと。そこで、前段と後段に分けて、前段だけを大修館から出てる『言語』っていう言語学の専門誌の読者欄に投稿したわけ。そしたら日英比較文法がご専門の国広哲弥先生が食いついてくださって、翌々月に反論が載ったんです。で、さらにその反論、という形で『ハ音の無声化が指標音の変化をもたらした』というのも発表できたと。」
 「で、以来それが定説になっている、と。」
 「いや、全然。」
 盛大にずっこけてしまった。
 「何なんですか、それは。」
 「これで国語学の何が変わるというものではありませんから。せいぜい文法記述が簡単になるとか、言語現象の解釈がすっきりするとか、その程度のものなんですよね。そうすると、これは研究の問題じゃなくて、せいぜい教育の問題であると。しかしながら教育界というのは研究の世界とはほとんど無関係に動いてるもんだから、やっぱり変化がない。そもそも学校文法というものは国語学者や言語学者には非常に評判が悪くて、いろんな欠点が指摘されてるんだけど、一向に改善される様子がないんです。だから、こういうことを言っているひともいたりする。」
 現在、中学校でも高校でも、文法の指導が特設されていて、いわゆる学校文法なるものがおしえられているのだが、この学校文法なるものは、まったく支離滅裂なしろものであって、とても、科学的・体系的なことばのきまりの教育などとよべるようなものではない。したがって、学校文法をたたきこまれた子供たちが、いちように、文法ギライの状態においこまれてしまっているのも、もっともなことである。
   鈴木康之『日本語文法の基礎』
 「なんか、めちゃめちゃ言われてますね。」
 「とはいえ、言われるだけの理由はあるわけですよ。そのあたりも含めて、日本語の文法というものはどういうものであるか、というのを、その根っこのところから説明してゆこうではないか、ということなんです。」
 「なるほろ。」
 「じゃあ、そんなわけで、よろしく。」
 「よろしくお願いします。」


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